banner_top | Home | Military | Trekking | Gourmet | Life | Contact |
<< 前へ 次へ >>

翌朝、目覚めて窓から部屋の外を見てみると、雨はすっかりやんで青空が広がっていた。配膳係の五〇がらみのご婦人が私の部屋まで運んで来てくれた必要以上に豪華な朝食を平らげ旅館をチェックアウトした私は、〇八〇〇時過ぎのバスに乗るために街道沿いのバス停に向かった。

手持ちのガイドブックによれば、神社の裏の登山口から山頂まで往復するのにかかる標準コースタイムが六時間らしい。だったら〇九〇〇時スタートで十分だ。

道の反対側のバス停にはベンチがあるのに、奥日光へと向かうバスが止まる方のバス停にはベンチがないことにムカつきながら、私はバスがやって来る直前まで反対側のバス停のベンチにゆったり腰かけてバスを待った。
 

ろくにコンビニエンスストアすらないような田舎集落のバス停だと言うのに、バスが来るころには私のほかにバス待ち客が四、五人はいただろうか。いざ乗り込んでみると、私がいつも好んで占有する、前方に最も視界が開ける左側の一番前の座席が空いていたので、私は躊躇なくその席を陣取った。

私のほかに二、三人のハイカーらしき乗客がいる。当然、彼らは私と同じく男体山に登るつもりだろう、と思っていたんだが、いろは坂を超えた先にある何軒かの土産物屋が軒を連ねるドライブインのようなところでバスがとまったときにいなくなってしまった。最終的に、二荒山神社のバス停で降りたのは私と、それからそのドライブインで入れ替わりに乗って来た白人ハイカーの三人組だけだった。
 

中禅寺湖を背に道路を渡って鳥居をくぐり、二荒山神社の境内に入ると、私は何はともあれ「おみくじ」のコーナーへと急いだ。私にとって年に一度の「おみくじ」は、多くの人々にとっての「初詣」と同等の意味合いがある。

去年は新年早々「隊長」に伴われて御岳山に登ったときに「小吉」を引いてしまったが、今年はまだ「おみくじ」を置いてあるような現場を訪ねてなかったので、こいつが私にとって今年の「初詣」だ。そして見事に「大吉」を引き当てた私は、そいつを丁重に財布にしまって、図々しくも全てのハイカーから徴収されるという登山料を支払うために指定された窓口へと向かった。
 

窓口にいた可愛らしい巫女さんが私の支払った登山料と引き換えに守り札と一緒に手渡してくれた登山者への注意書きの書かれた紙には、一般的な登山者向けの注意事項とは別に、男体山とは神の宿る山なのだから心をこめて登れ、といった内容のことが書かれてあった。こんな信仰の押し売りに屈するような、非科学的な態度を良しとしない私としては、まったく「舐めるなよ」って感じだったが、窓口の可愛らしい巫女さんにはにっこりと笑顔を見せて私はその場を去った。

昨日の雨のせいか本当に蒸し暑いなか、高低差一二〇〇米をものの六時間で往復するという、私がこれまで積みあげて来た実績を考慮しても、その過酷さが容易に窺い知れるハイキングの開始を前に多少の不安と高揚感を覚えつつ、入念にストレッチなどして準備を整えた私は、ハイカーや観光客がそろそろ境内に集まり出した〇九〇〇時ちょうどに登山道入口のゲートを潜って「神の宿る山」への一歩を踏み出した。
<< 前へ 次へ >>
Copyright (C)2011 Lt.Pussy All Rights Reserved.