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米原の駅を下りると、私が想定していたのよりももう少しそこは田舎だった。駅の出口の正面を国道が走っていて、そのすぐ向こうはもう山だった。とっぷりと日が暮れて、国道を走る車のヘッドライトや街灯以外にほとんど明かりのない街に降り立ってみて、私はもし京都で寿司折を買ってなかったらなんて事を考えてぞっとした。

旅館は駅の目の前の国道を横切ってから山側の路地に入り、左に曲がって国道と平行に五分ほど歩いた場所にあった。私の歩いたその国道と平行に走る細い道は、数百年の歴史を誇る街道で、私が泊まる事にした旅館のほかにも、その通り沿いに何件かの旅館が建っていたが、その通りには観光客どころか、歩いている人間すら、私のほかには一人もいなかった。

誤解があるといけないのでひとつ断っておく必要があると思うんだが、私は食事の問題さえクリアになるのであれば、むしろいつだって人気のない街に好んで宿をとるだろう。京都のように世界中から我も我もと金と時間の余った人々が押し寄せるような通俗的なところは私の好みではない。
 

旅館は民家に少しだけ手を入れて拵えたような準和風建築の建物だった。玄関のドアを開けて中に入ると、そこに仕掛けられていた赤外線センサーが私の侵入を察知してメロディーを流してくれたので、奥から「オカミサン」が姿を現した。

「オカミサン」は小柄でほっそりとしていて、若かりし頃は美人であった事を思わせる上品な顔立ちをしていた。彼女は私に風呂に入りたい時間を訪ね、それから一階にある風呂場とトイレ、それから最後に私の泊まる二階の客室へと私を案内した。一階は普通の民家のような造りになっていて、実際、「オカミサン」一家はそこで暮らしているようだったし、風呂やトイレも客と共用しているらしかった。

客室は落ち着いた感じの六畳ほどの和室で、私の好みそのものだった。「オカミサン」が私に観光の予定を尋ねるので、翌朝、伊吹山に登ることを伝えると、どこからか伊吹山の資料や近場の温泉のリーフレットを持って来て私にいろんなことを教えてくれた。

伊吹山は、「オカミサン」にとっては子供の頃から身近にある山だったので、その愛着ぶりも私のそれとは比べ物にならなかった。概ね石灰岩で出来ているという伊吹山の成り立ちの詳細から、どの方角から眺めた伊吹山が美しいのかまで、伊吹山に関する彼女のお喋りは留まることを知らなかったので、私がそろそろお風呂の用意をしてくれるように願い出なければ、彼女は朝までだって喋り続けていただろう。
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