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私が辿ることになるルートは、エゾヒグマ(私は敬愛の情を込めて、彼らのことを「プーさん(Pooh Bear)」と呼んでいる)の出没エリアであることも分かった。

半世紀以上前に起きた「三毛別事件(それは一九一五年の十二月に北海道のある山奥の開拓地で起きた悲惨な事件だ)」をはじめとするいくつかの事件に関する情報は、プーさんこそ私の計画にとって最大のリスクである事を私に印象付けた。

私は札幌に着くなり、ある登山用品店を訪れ、「クマスズ」を購入した。五百円ほどで手に入れた私の「クマスズ」の立てる音は実に耳障りで、この音を聞きつけたプーさんが却って苛立ちのあまり私を襲って来ないよう祈るほかなかった。

できれば例のトウガラシの詰まったスプレー缶も手に入れたかったのだが、それらは概ね一〇〇ドル以上もするものばかりなのでやめることにした。この時点で、もし不幸にも友好的とは言えないか、少なくとも私に無関心でいられないプーさんがコース上に現れてしまったら、私はお守り代わりのエマーソンナイフでプーさんと闘わなければならないし、そして恐らくは格闘空しく、その場でプーさんのおやつになってしまうであろう事が運命づけられた事を覚悟した。その時たまたま私より逃げ足の遅い誰かが近くを通りがかってくれた場合を除いて・・・。
 


私がこの計画の拠点に選んだのは、天人峡温泉という萎びた温泉場だった。天人峡は、大雪山系の雪渓を源流とする二つの滝を名物とする峡谷だが、そのうち一つへのアクセスルートは何年か前の大雨による土砂崩れで寸断されていた。

私がこの温泉場を拠点にしたのは、旭岳へのアクセスがよく、そして安いという条件に最も適したホテルがそこにあったからだが(そのホテルは素泊まり一泊五〇〇〇円だった)、実際に行ってみると、旭岳方面へのアクセスに必要な、あるダム湖にかけられた橋が、これまた一年ほど前に起きた洪水で破壊されたために通行止めになっていて、ダム湖を一○マイルは迂回しなければお目当ての駅まで辿り着けないことが分かった。

私は元々当日の起床時間を四時半に設定していたが、それには変更を加えずに、さらに一本あとの六時半のロープウェーに乗ることにした。つまりこういう事だ。「これ以上早起きなんてまったく冗談じゃないぜ」
 


私がこの計画を実行する日は、ちょうど三連休の次の日だった。私にとっては大した問題ではなかったが、三連休は全くもって天候に恵まれない日々だった。

私は三連休を札幌で過ごしたが、その間中、灰色がかった空から霧雨が降ったり止んだりしていて、時には大粒の雨も降って来た。

だが三連休の最終日に私が札幌でやや古びたカローラをレンタルして天人峡へ向かう頃にはすっかり雨も止み、三時頃に旭川より少し北にある何とかというインターチェンジを降りた頃には澄み切った青空がどこまでも広がっていた。

私は少しでも天候が怪しいようであれば、早々に計画を中断して、旭山動物園にペンギンのお散歩でも見に行く事にしていたが(雪山で凍死するかしないかの極限状態を経験するよりはそっちの方がずっと楽しいだろ?)、街を離れて他に一台の車も走っていない山あいの一本道を天人峡へと向かっている頃には、神が私を晴天の旭岳山頂へとお導きになっている事を確信した。
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