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三月の下旬に鳥取県でのビジネスに出かける予定だった私は伯耆大山への登山を計画した。あるホームページで例年の三月下旬における伯耆大山の積雪状況に関する情報を入手した私は、その計画のためにわざわざブラックダイアモンド製のクランポンまで購入したのだが、全くツいてないことにそのビジネスの話はキャンセルになり、私の素敵な登山計画もお流れになってしまった。私はクソでも食ってるような気分になった。

そのような不幸な出来事が私の身の上に起こってから数週間後、今度は四月下旬の札幌でのビジネスの話が私に舞い込んで来た。さっさとそのビジネスを終わらせてから北海道にあるどの山に登るのが適当であるのか、例のクランポンが雪面にザクザクと突き刺さる光景をイメージしながら検討に入る事は、私にとって電話に出るときに「もしもし?」と言うことと同じくらい当然の事だった。

私の知っている北海道の山と言えば、大雪山系の旭岳が五合目までロープウェイが運んでくれるのでお手頃だったが、前の年の夏に登ったばかりだったので今回の検討対象には入らなかった。私はまず十勝岳に標的を絞り、情報収集を開始した。
 


率直に言えば、その山は雪山になんて未だかつて一歩も足を踏み入れた事のない私のような新米ハイカーが訪れるには、全く適当でない山のように思われた。私の集めた情報によれば、その山は標準的なコースタイムを元に計算した場合、夏にハイキングに訪れたとしても、登山口から山頂まで往復するのに一〇時間以上は見込まなければならないようだった。私が十勝岳は今度の機会に登ることに決めた速さは光の速度よりも速かった。

北海道にある他の山を色々と調べていくうちに、私は後方羊蹄山で「ヒップそり」を楽しむハイカーの映像に辿り着いた。「ヒップそり」は「amazon」で通信販売を申し込めば五ドルかそこらで買えてしまうプラスチック製のおもちゃのようなソリだったが、私の見た映像では、それを尻の下に敷いて雪の斜面を滑り出したハイカーが、まるでバックパックにジェットエンジンでも積んでるかのようなスピードで、あっと言う間に谷へと消えてしまった。私はすぐに「amazon」で、その少し大きめのチリトリのようなソリの青いやつを注文した。

後方羊蹄山は私が登ってみたい山のひとつだったが、この山も十勝岳と同じような理由で検討対象から外れた。私は、私が今回その斜面でロケットごっこを楽しむのに最も適切だと思われる山を、さらに時間をかけて探し回らなければならなかった。
 


「ヒップそり」という検索ワードであちらこちらのホームページを探し回っていた時に見つけたのが、何人かのハイカーが缶ビールを片手に笑いながら雪山を歩いている写真だった。私には彼らの登山技術のレベルや雪山登山の経験がどれほどのものなのかは分からなかったが、どこかのハイカーが缶ビールを飲みながらでも登れるような山にこの私が登れないということはありえない事のように思われた。彼らが登っていた山は、「漁岳」という名前の山だった。

「漁岳」について情報収集を開始した私は、今回のプランのターゲットをこの山に絞った。登りの標準コースタイムが四時間あまりで標高も一三〇〇メートルとお手軽なことや、山頂からは後方羊蹄山まで見えるような好展望が楽しめること、冬場もそのあたりの道路は閉鎖されることがなくアクセスも容易であること、といったさまざまな好条件は、まさにこの山が私の来訪を待ち望んでいることの証であるかのように思われた。おまけに私が手に入れたガイドブックでは、その山は降雪期でなければ「つぼ足」でも登山可能な山だと紹介されていた。私はインターネットで一〇ドル足らずで売られているアルミワカンすら手に入れるのをやめた。

それにこの山は残雪期の登山対象としては人気のある山で、その時期は週末になるごとに多くのハイカーが訪れるという点も私にとって重要だった。それなら他のハイカーの足跡を辿っていけば道に迷うこともないし、何か不測の事態が起こって私が山中で生き倒れてしまっても、すぐにそこを通りがかった誰かが手厚い看護をしながら電話でレスキュー隊を呼んでくれるだろう。
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