banner_top | Home | Military | Trekking | Gourmet | Life | Contact |
<<[山行録]に戻る 次へ >>

四月に乾徳山にチャレンジしたとき、山頂はすぐ目の前という所まで辿り着いたってのに凍結した岩場に行く手を阻まれてすごすご引き返して来たその日の帰り道、私たちパーティーが八王子で日本料理を肴に酒を飲んでいたときに「しょこたん」が、次に私たちがチャレンジすべきなのは、彼女がガイドブックで見かけて以来とても気になってるという「二子山」だと宣言した。

その山頂付近に連続するという「鎖場」に魅かれてわざわざ乾徳山まで足を延ばしたってのに、私たちはその日、一本の鎖にも手を触れずに山を降りて来る羽目になっていたので、同じように岩場と鎖に恵まれているという「二子山」は私たちにとって、その次にチャレンジするには実に相応しい山であるように思われた。

その場にいたメンバーは二つ返事で「しょこたん」の提案に同意したのだが、そいつは悲劇の始まりだった。未だに私には、あの時の私たちは大した量の酒を飲んでたわけでもないのに全くもって正常な判断力を失っていたとしか思えない。
 

「二子山」をインターネットで調べてみてすぐに、私は「しょこたん」がいかに常軌を逸したクレージーな山ガールであるかを認識した。両脇はすっぱり切れ落ちた五〇〇フィートの断崖で幅がせいぜい四フィートしかないような岩稜帯を鎖もロープもなしに歩いて行くんだって!?

始めにその写真を見たとき、あのやせ細ったうえにデコボコな岩稜帯のいったいぜんたいどこを歩いて行けばいいのか、私には皆目見当もつかなかった。まったく調べれば調べるほど私のマウスを握る右手に汗が滲んで来る始末だった。

だがそこを既に渡ったハイカーたちは一様に、その尾根は見た目ほど怖くないと言い切っていたので私も腹をくくることにした。大丈夫だ。他のハイカー連中に出来ることを私が出来ないことなんて事はありえない。
 

二子山は東岳と西岳から成っていて、西岳の登山ルートには「上級者コース」と「一般コース」があるらしかった。頭のイカれた「しょこたん」は当然「上級者コース」を狙ってるもんだとばかり思っていたが、なぜか彼女はそれを固辞したので私たちは当日「一般コース」から西岳に登る事になった。

後から聞いた話では、彼女はロッククライミングの愛好家たちが岩登りの練習に使うとか言う全く別の岩壁の事を「上級者コース」と勘違いしていたらしかったが、そいつは私たちにはラッキーだったかもしれない。もし彼女が「上級者コース」を正しく理解していたら、私たちは−週末になるとヤモリのようなロッククライマーたちが群がるとんでもない岩壁よりいくらかましとは言え−鎖もなしに岩を数百フィートよじ登るその「上級者コース」とやらを喜んで登って行く「しょこたん」のお供をしなければならなかっただろう。

「隊長」に二子山の話をすると、彼は二子山には行かない、と言った。山にスリルなんて求めてない、とも言った。「おいおい、女の子が登るって言ってるんだぜ?」とさらに説得を試みたが、彼は「まぁ気をつけて、としか言えませんね」と冷たく言い放った。たぶん彼は私がどこかの山で谷に落ちて死んでも葬式にすら来ないだろう。

「ジャンキー」は「行く」と答えた。「ヘイポー」には声すらかけなかった。やつには悪いが、いつか成功したはずのダイエットの効果が見る陰もない今の彼には、二子山はあまりにもハードルが高いように私には思われた。代わりに「しょこたん」が「トミー」と呼ばれる友人を誘ってくれたので、私たちは四人のパーティーで命を賭けた度胸試しに出かけることになった。
<<[山行録]に戻る 次へ >>
Copyright (C)2011 Lt.Pussy All Rights Reserved.