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翌朝、レンタカー屋に手配してあった車を受け取りに行き、受付の訛りのきつい二〇歳そこそこと思しき女の子に「どこに行くのか」と聞かれて「あだたらさん」と答えたら「あだたらやまですね?」などといちいち間違いを指摘された以外には特に問題もなく借受けの手続きを済ませた私は、カーナビを頼りに沼尻の登山口を目指してドライブを開始した。

正面に磐梯山を望む国道から分かれた県道へと進入して沿道の雰囲気をそれとなく窺ったとき、私は、その先、登山口の駐車場に着くまでに、私が昼食にあてがう食料を入手するために立ち寄るべきコンビニエンスストアが一件もないのではないか?という不安に襲われた。

実際、結果論としてその不安は正しかった。もちろん私は、その結果が明らかになる遥か以前に、「オーケー、手に入れるなら握り飯だ。もちろん海苔が歯についたらみっともないから赤飯か焼きおにぎりだな」なんてこだわりなど論外で、食いものが手に入る店ならどこでもいいから立ち寄らなければならないという現実をいち早く認識し、何でもいいから食える物を売ってそうな店がないか、車を走らせながら県道沿いの建物を目を皿のようにして一軒残らずスキャンした。
 

結局、私が見つけることの出来た、その大して厳しいとも思えない条件に該当する店はたったの一軒だった。私は店の駐車場に車をとめると軒先へと向かい、店番をしていた爺さんに「磐梯銘菓・笹だんご」の大きさを尋ねたうえで、そいつを適量注文した。

ハイキング中の昼食のメニューにふさわしいかどうかはともかく、ひとまず死活的に重要な行動中の栄養源を手に入れた私はそのまま店を後にしようとしたが、その店にやって来る客がよほど珍しかったのか、爺さんは私を呼び止めて店先の縁台に座るように勧め、「まぁ、ゆっくりして行きなさい」と言った。
安達太良山/宝来堂製菓で昼食用の「磐梯銘菓・笹だんご」を確保

私が大人しくそれに従って縁台に腰かけると、爺さんは冷たいお茶と注文した記憶のない団子の皿をお盆に乗せて持って来て、サービスするから食え、と言った。事ここにいたっては、今さら遠慮をしても何の生産的な結果も生まないし、かえって爺さんの厚意を無にすることになる。

私は丁重に礼を述べて爺さんの厚意に甘え、それからしばらく爺さんと取り留めのない話をした。一五分ほどもお喋りを楽しんだだろうか、少々申し訳ない気持ちで、そろそろ登山口に行かなければならない事を切り出すと、爺さんは快く了解してくれた。時間の経つのも忘れて二人の会話は弾んだが、そのことは要するに私がそこを訪ねてからそこを立ち去るまで他に一人の客もやって来なかったことを意味していた。
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