1:04 2013/03/17
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File No. 0015:派遣法の改正で仕事を失う人々にそもそも未来はあるのか
国会が延長され、安全保障に関する法案の成り行きが注目される一方で、いわゆる「派遣法」の改正案がこの国会で成立するのはほぼ確実でしょう。それまでは規制のなかった職種についても一人あたり最長三年という制約が設けられることで、いわゆる「雇止め」によって仕事を失うのではないか、と不安視する「ハケンサン」が悲鳴をあげているようです。人権派を自負する団体や組合系の政党はこぞって成立阻止を訴えています。

その一方で、この改正案には人材を派遣する側の企業に対する新たな制約が盛り込まれている点については、あまり認識が広まってないのではないでしょうか。 届出制ではなく国の許認可が必要となることや、事業資金、事業所面積についても一定の基準が設けられ、この改正案が成立すれば、例えば零細の胡散臭い人材派遣業者は瞬く間に淘汰されていくことになるでしょう。
 


改正案によって「雇止め」を懸念する主張には一定の合理性がありますが、契約期間の満了後には派遣先に直接雇用を依頼すること、拒否された場合は速やかに次の派遣先を斡旋するか、自社において無期雇用することを派遣元の企業に義務付けており、公平な視点に立てば、「派遣先」にとって最も都合のいい法案である一面は否定できないものの、この改正案は「ハケンサン」の安定雇用に配慮するとともに、むしろ派遣元の企業に対してより厳しい内容になっていて、財界にはすり寄る一方で労働者の権利に関心があるようにはまるで見えない現政権が、よくもこんな法案を提出したものだ、と、かえって首をかしげたくすらなります。

実際のところ、この法案に反対している人々の主張はそれほど理に叶ったものなのでしょうか。
 


まず私は「ハケンサン」として大企業でのキャリアを開始し、その後、その派遣先に直接雇用された人物を何人も知っています。私は彼ら(彼女たち)と机を並べて共に仕事をしたわけではありませんが、私には彼ら(彼女たち)が一般的な良識と責任感を備えていて、ビジネスの現場で安心して仲間として迎え入れられるだけの人となりを持ちあわせていることは分かります。

派遣先に直接雇用を依頼することが派遣元に義務付けられた点について実効性を疑う声が上がっていますが、そもそも派遣先の企業にとって魅力のある人材でなければ直接雇用につながらないのは仕方のないことなのです。

それに、この法案は「正規雇用が非正規雇用に置き換えられていく」ことにつながる点が問題だ、と主張する人々がいますが、そんな彼らが今回「三年」という期限が設けられることに反発するのはまったくもって不可解な現象です。期限に上限を設けるのがけしからん、と言う人々は、つまり「ハケンサン」はいつまで経っても「ハケンサン」のままでいい、と言っているのとまるで同じことになるからです。
 


期限が業務単位ではなく個人単位になることによって、派遣先の企業は人を替えさえすればその業務をいつまでも「ハケンサン」でまかなえるようになるのは事実でしょう。反対派はそのことをあげつらって、企業が正規雇用を非正規雇用に置き換えていくことにつながる、と主張します。

歴史的経緯として「派遣社員」という雇用形態は臨時かつ例外的なものとして解禁されたはずだ、という理屈があり、そのこと自体は決して間違ってはいないのですが、 現実的に派遣先の視点で考えれば、仮に「三年」という制約が業務単位であったとしても、それなら三年後には「ハケンサン」を切ってパートやアルバイトに切り替えればいいだけのことであって、結局どちらに転んでも簡単に「正規雇用が増える」ことにはつながらないのです。
 


いわゆる正規社員と「ハケンサン」との間では「同一労働同一賃金」の原則が守られていない、と主張する人々もいます。スキルの高い優秀な「ハケンサン」が周りの「社員さん」より高給取りであることは往々にしてありうることですが、その反対のケースについて、実際のところ、どこまで説得力のある主張であるのかについても私は懐疑的です。

転勤や異動の命令に従う必要もなく、派遣先の責任者に指示されるままに働けばよしとされる「ハケンサン」の仕事の内容が、そもそも客観的に見て正規社員と「同一労働」とみなされるに値するものであることを証明するのは多くの場合、非常に困難を伴う作業になるでしょう。彼らが正規社員に期待されるレベルの「責任」を背負うことなく正規社員と同レベルの賃金だけは要求するのであれば、それは単なる「わがまま」でしかないのです。
 


結局、最もこの法案で割を食うのは、今回新たに三年の期限が設けられる職種に就いている、もう何年もその職場に派遣されていて今さらほかの仕事場では働きたくない「ハケンサン」ということになるでしょう。そしてその「ハケンサン」が高齢であればあるほど、現在の契約が終了した時点で、彼らは派遣元との契約も更新されることなく仕事を失うリスクが高いということになるかもしれません。

しかし残念ながら、彼らの身分は決して改正前の現行法においても保証されているものではありませんでした。今回の法改正があろうがなかろうが、彼らはもともと派遣先に不要と判断されればいつ仕事を失ってもおかしくない不安定な立場にあったのです。

仮に彼らが今回の法改正を契機として「ハケンギリ」にあってしまうとしても、それはただ単にそれらのリスクに対する彼らの備えが十分でなかったうえに彼らが派遣先にとっては直接雇用するほどの人材ではないために生じた、もとより想定されるべき結果でしかなく、その一因として取り上げるならまだしも、全てが今回の法改正のせいであるかのような主張はフェアーなものとは言えないのです。
 


メディアが取り上げる彼らの声、「働きなれた職場を離れたくない」、「今から新しい仕事を覚えるのは大変だ」、「またいちから職場の人間関係を築かなければならないのか」といった、いかにも子供じみて甘ったれたコメントは、いつ転勤や異動になるかも分からない、いわゆる正規社員の立場にある人々がその人々なりに抱えているであろうリスクやジレンマに対して、あまりに無神経であるようにすら思えます。

それはつまり能力や資質を備えているだけではなく、そのような自分にとって少々不都合な企業からの要請にも応える用意があるからこそ、彼らは正規社員という立場にいることができるのだ、という事実の裏返しでもあるでしょう。例えば異動の辞令が下ったときに、それを視野を広めスキルアップを果たすひとつのチャンスだと考えることの出来る人材とそうでない人材との間に格差が生じてしまうことを、上質な職業意識を備えている人々は「不公正」とは言わないのです。
 


おまけに今回の改正案によって人生が台無しにされてしまうとでも言わんばかりに取り乱している「ハケンサン」たちは、正規社員と呼ばれる人々は誰でも毎年昇給してボーナスがもらえるうえに退職金もたっぷり支給されるものと思い込んでいるかのようですが、現実には必ずしもすべての「正規社員」と呼ばれる人々がそのような恵まれた条件で働いているわけではありません。

「正規社員」と呼ばれる人々の集団のなかでも上位に食い込むだけの能力や実績もない人々がまるで自分たちには当然その権利があるかのような主張をしたところで、果たしてどれだけ社会に受け入れられるのか。彼らは頭を冷やしてもう一度よく考えるべきです。
 


法改正によって派遣元の企業は、派遣先との契約が終わって次の派遣先が見つからない「ハケンサン」は無期雇用という形で自分たちが抱え込まなければならなくなります。今後は「不良在庫」のリスクに備えて派遣元の企業においても人員の選別をシビアに行うようになるでしょう。つまり現実的な懸念として、今までは「ハケンサン」として働くことが出来た人々であっても、スキルや見識が一定の基準を満たさないような人々は、これからは「ハケンサン」として働くためにどこかの企業に「登録」することすらできなくなるかもしれない、ということです。

むしろそのことの方が今回の法改正の弊害とは呼べないまでも注意するべきポイントとして取り上げられてもよさそうなものですが、そのような意見を目にする機会もないようなので、それは私の杞憂に過ぎないということでしょう。それでも私は、自らがその制度の恩恵を受けていながら「派遣社員」という就労形態を蔑むような主張をしている人々が、近い将来、皮肉にも「派遣社員」という就労形態から逃れることには成功したが、もはやどこにも受け入れ先がなくなってしまうような事態が起きないことを、ひっそりと祈らずにはいられないのです。


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