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わらじ家/山羊刺身

【 Data 】

沖縄県那覇市西1-11-22 [MAP]

TEL:098-868-2473

営業時間:18:00〜24:00

定休日:無休 ※ 年始・旧盆は休業

最終訪問:2013.07

モノレールの旭橋駅近くで営業する沖縄料理の店だ。だいたい那覇市内に投宿する場合、何はさておきジャッキーステーキハウスに直行するのが私の行動パターンなのだが、その日は何となくそんな気分ではなかったので、沖縄の「郷土料理」に絞って周辺をリサーチした。

地図を片手に店の前に着いた私は、一見、知らない者を寄せ付けない雰囲気すら漂わせる何とも閉鎖的な空気感を醸し出すその店構えに、一瞬そこに入るのを躊躇したが、過去に数々の「ちょっと入りづらい店」に堂々と入店しては「一人だけど文句あるかい?」といった態度で最初に見つけた店の従業員かオーナーに私を空いた席に案内するよう要求して来た「経験」という名の財産が、私が、私の内なる弱い心に打ち克つための力を私に与えた。

そこそこ混み合う店内にいざ踏み込むと、いかにも客慣れした感じのご婦人が私に気づいて出迎えてくれた。ご婦人に勧められるままに私はカウンター席に座った。隣では年配の男二人がビールを片手に何事かを語り合い、後ろの座敷席は騒がしい宴会の真っ最中だった。そこは店構えとは裏腹に何ともアットホームな雰囲気の店だった。目の前にはハブ酒の瓶が置いてあり、瓶詰めにされた体長一メートルはあろうかというハブが牙をむいて私を睨みつけていた。カウンター奥の壁にぶら下がる現地語で記載されたメニュー札を吟味しながら、私はかろうじて意味の分かる「らふてぃ」と「ミミガー和え」を注文した。もちろん生ビールもだ。

一通り注文を終えたと思ったとき、ふとメニュー札とは別に置いてある小さな黒板にチョークで書かれた「山羊刺身 一二〇〇円」というのが私の目を引いた。ほぅ、山羊の刺身か。そんな野性味あふれる獣肉を生で食うなんて私の生活圏では考えられない文化だ。それこそいかにも「郷土料理」の名にふさわしい。私は注文を確認して店の奥へ引っ込もうとするご婦人を呼び止めて、追加で山羊の刺身を注文した。

私の追加注文を聞いたご婦人の反応は、やや私の想定を裏切るものだった。ご婦人は注文を快諾する代わりに、過去にそれを食った事があるのか?と私に問いただした。私が正直に、もちろんそんな物を食うのは初めてだと答えると、ご婦人は、そのメニューは非常に「好き嫌いの分かれる」メニューだと言い、私がそいつを口にした瞬間に顔をしかめるか、悪くすると半分だけ消化されたそいつを辺りに撒き散らかす可能性をやんわりと指摘した。私とご婦人は協議の結果、半額で、半人前だけ山羊の刺身を提供してもらう事で合意した。

まずミミガーとらふてぃが到着し、私がビールの肴にそれらをペロリと平らげた頃に、問題の「山羊の刺身」の乗せられた皿を持ってご婦人が現れた。ご婦人は、酢、生姜、すだちの汁をつけて食うとその刺身は美味くなる、と私に親切な助言をして仕事に戻って行った。刺身というから馬刺とか鹿刺に似たものを想像していたが、山羊のそれは、何だか山羊皮の千切りに身がおまけでこびりついてるような見た目をしていた。私は初めての「山羊の刺身」に少々警戒感を抱きながら、ご婦人の指導に従って添えられてきた薬味や調味料をフル活用して一切れ口に放り込んだ。

そいつはいかにも新鮮な獣の皮といった風で、コリコリした食感がとても楽しい逸品だった。匂いもまるで気にならない。次に醤油だけつけて口に入れた。やはり美味い!気を良くした私は、蕎麦にうるさい連中がよくやるように、その「薫りを楽しむために」何もつけずに口に入れてみた。やっぱり普通に美味いじゃないか! 私はあっと言うまに「半人前の」その一皿を完食してしまった。それを見ていたご婦人は「本当に全部食べてしまったのねぇ」と呆れたように私に言った。聞くところによると、地元の人々ですらその「刺身」を口にしたときの反応は明暗がはっきり分かれるらしい。私はこの料理に拒否反応を示す人々がなぜそうするのか全く理解できないまま、どこが沖縄風なのかよく分からなかった「沖縄風焼きそば」で〆て店を出た。

翌日にもそこを訪問して「また来たのかい?」とでも言いたげな顔で例のご婦人に迎えられた私は、今度はご婦人に「イラブ汁」を注文した。そいつは沖縄近海に生息する海ヘビを煮込んだ沖縄ならではの汁料理で、何でもそのコブラ科に属する偉大なる「海ヘビ」は、あの恐ろしいハブの八〇倍もの強さの毒を持っているらしい。いいねぇ、そういう無駄に数字が一人歩きするような能書きが私は大好きだ。ご婦人は、もう「そいつを食べた事があるのか」と私に確認しては来なかった。

注文してから二〇分ほど経っただろうか、いよいよ私がその人生で初めて目にする「イラブ汁」の入った丼がご婦人によってうやうやしく運ばれて来た。家庭的な佇まいをした汁料理に著しく不似合いな不気味な肉片が汁の中に転がっていて、その表面の鱗が黒く怪しい光を放っている。私は早速その肉片を箸でつまんでみたが、その断面はまるでヤコブ病患者の脳みそを想起させるフォルムをしていたので、そいつを目にした時点で食欲をなくす観光客がいても全くおかしくなかった。おもむろにそいつを口に入れてみると、私の想像とは裏腹にニシンの燻製のような香ばしい風味が口の中に広がった。

特筆すべきは皮の食感だ。いかにもコラーゲンをたっぷり含んだ風のプリプリの食感は、私が最上級の魚料理と絶賛してやまない「くえ鍋」のくえの皮を彷彿させた。弾力性に富む皮に反して身はすぐに煮崩れしてしまうので、あんな風なグロテスクな姿になってしまうのに違いないと私は思った。

見た目どおり「身」の量は大したものではなかった。人骨で言えば肋骨のような骨が皮の裏側に規則正しくびっしり配列していて、その骨の周りに多少の身が出来そこないのスペアリブのように纏わりついてるイメージだ。その料理を注文してしまった人々は「イラブ汁」の味覚を楽しむ事よりも、それを楽しむのに邪魔になる骨の一本一本を取り除く事に多くの手間と時間を割かなければならないだろう。場合によっては野菜もたっぷり入ったその家庭的な汁料理を堪能する一方で、海ヘビの肉片には手もつけずに「残す」という選択肢も検討されるべきかもしれないが、それではわざわざその料理を注文した意味がない。

私はこれまで何度も沖縄に足を運んでいながら、沖縄の「郷土料理」を堪能するという貴重な経験をする事に率先して取り組んでは来なかった。私はこの店でその記念すべき第一歩を踏み出す事に成功した。実際のところ、沖縄にその「郷土料理」を提供している飲食店がどれほどあるのかを私は知らないが、その第一歩をこの店で踏み出す事が出来た幸運に、私は今でも深く神に感謝している。
わらじ家/らふてぃ(角煮) わらじ家/沖縄風焼きそば わらじ家/イラブ汁・ウミヘビの切り身


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